ARTE PIAZZA BIBAI
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アルテピアッツァ美唄のことを知ったのは、全くの偶然に安田侃氏本人に教えてもらったからだった。4年ほど前、その日は用事があって友達と目黒の自然教育園へ行って、時間が余ったから隣りの庭園美術館へよった。そのときの展示はまるで覚えていないが、庭園美術館はアールデコが好きなのでたまに行く。ふらふらしていたら日が沈む少し前の庭で白い石の塊を磨いている人がいた。それが安田さんだった。僕がランドスケープアーキテクチュアを勉強している学生だといったら安田さんはからかうように本当に勉強しているのか?といって笑っていた。そのときに北海道の美唄にあるアルテピアッツァに来るようにと誘われたのだった。それからずっと心にとまっていたが今年ようやく行くことができた。
アルテピアッツァを説明するとき、なんと表現すればよいか難しいが、平たくいえば彼の故郷・美唄の小学校の廃校を地とした彫刻家安田侃の作品群である。その日は小雨がかすかに降っているような日だった。安田侃の彫刻は空間芸術だというのは一般的に理解されているのではないかと思う。その作品は水面に投じられた小石のように、空間に作用し波紋を広げていく。僕たちの目には、とても自然でありながら美しい文様を波打つ世界しか写らない。
僕はファインダーを覗きながらモエレ沼との違いを想っていた。前日に行ったモエレ沼でも僕は非常に興奮していたが、明らかにアルテピアッツァでの方が多くシャッターを切っていた。なぜだろう。結論としてここで写真を撮るときにはまるで安田侃と対峙しているような緊張感があるからだと思った。決定的な違いは、アルテピアッツァの全てが安田侃によりかたちづくられているということではないだろうか。イサムノグチは残念ながらモエレ沼の実現を指揮することがかなわなかった。
アルテピアッツァの全ての彫刻は、安田により森や水面や広場や丘や校舎や他の彫刻や空との緊張関係が保たれている。そして、雨やそこを歩く人も、全ては彼の作品の構成要素である。僕は写真でしか見たことがないが、かつての炭坑の街に降り積もる雪はまさに彼の作品の一部である。そういって瀟湘八景を思い出したがここではやめておこう。
安田さんは自分をアルチザンだと言っていた。僕はアルチザンでもアルチストでもないが、ファインダーを覗きながら芸術にみたされるのを感じていた。